有料道路について

高速道路だけとは限らない

筆者は自動車免許を持っていない、というよりは持つ気がないと言ったほうが良いかもしれません。確かに筆者の父は自動車関連の仕事をしていたこともあり、人一倍に自動車が好きだったこともあって乗り回していたほど。幼い頃は新幹線などの鉄道利用をする旅行は一度もしたことがないほど、自動車で必ず目的地まで行くスタイルが定番だった。だから内心電車が良いと考えたりもしたが、父が電車が嫌いということも相まって、子供の頃は当然のように自動車に乗せられていた。だから嫌いになった、というわけではありません。自動車には自動車の便利な部分があることは理解しているものの、個人的に車酔いが酷いせいでよく苦しめられていたものだ。酔うからやだと言っても、『知るか!』と言わんばかりにドライブが定番だったせいで、自動車嫌いに拍車をかけるまでになったといってもいいでしょう。

自動車大国とまで言われるこの国はもちろん、アメリカやその他の地域で自動車がないと生活できない地域での暮らしでは、真っ先にライフライン確保に困るタイプだ。けれど乗り回されているだけあって、何かと自動車の交通状況には敏感になってしまったのだから業と言ったほうが早いかもしれません。

自動車に縁のない人間にしたら道路事情など知ることはないと思っても、少しくらいは意識しておきたいものだ。それこそ一般道と高速道路との違いくらいは認識していないとさすがに一般常識という観点で問題が生じます。端的に言えば通行に料金が発生するかどうかの違いくらいなわけだが、この国はもちろん世界各地には高速道路と名の付く場所以外にも、ホワイトロード以外で通行料金を要する道路はいくつも存在している。

そんな通行料に関しての歴史は何も道路整備が行われるようになっていった明治より以前から始まっていた。

通行料という概念誕生まで

通行するためにはお金が発生する、という考え方は江戸時代期から既に存在していたほど。この頃はまだ交通事情が整備されていなかったこともあって、通行料を徴収するための渡し船や通行橋が誰にとっても必要不可欠でした。ですが通るだけなのにどうしてお金を取られなくてはならないんだと思う人がいてもおかしくない、表沙汰になっていなくても問題は起こっていたと安易に予想できます。しかしそんな思いを嘲笑うように明治期になると有料道路という考え方を認める法案が可決されたのです。

ですがただ徴収しているだけでは当然文句は出てきてしまいます、そのため『私財を投げ打って道路・橋梁を建設した場合』に関しては通行したい場合には料金徴収を認めるという動きに変化していった。これが全ての原点でありつつも、より広がりを見せるようになったのは戦後からだ。

貧窮喘ぐ中で

有料道路というものが世に多く広がり始めたのは、やはり戦後となっています。この時期はとにかく復興を目的にして活動していかなければならないものの、復興事業に着手出来るだけの財源が全く無い状況下では何をすることも出来ません。そこで有料道路を多く作ることにより、少しでも復興へ有効活用できるようにという考えが広がっていったのでした。

その後、戦後初といえる有料道路が作られていくと第二・第三と通行料が求められる道路の数は増えていったのです。具体例として、

  • 有料道路第一号:参宮有料道路(三重県)
  • 有料道路第二号:日光いろは坂(栃木県)

上記のような道路が段々と整備されていく中で、確実に増えていきます。そして有料道路を建設することを法的な効力として活用できる『道路整備特別措置法』が1956年に成立したことにより、その足場がより強固なものへなっていった。

有料道路ならではの問題点

有料道路を利用するほどのことがあるのかと考えている人もいるでしょう、もちろん利用するだけの理由があるからこそ存在しています。単純な意味では通常の一般道を使うよりも近道出来て時間を短縮できる、というのが第一だ。そして近道出来て時間を気にしないでいられるケースとしてあげられるのが、運送業などを営んでいる業者に他なりません。

ホワイトロードのような場所では観光の一環として訪れるケースもありますが、時間に追われる仕事をしている人に愛されているといっていいでしょう。そうした背景事情のせいか、大型車を始めとした貨物輸送を多く担う車両には料金面で優遇されるという利点があるものの、自動二輪などは一部では通行禁止だけでなく、料金が高いというマイナス面が大きく囁かれている。

世界的な広がり

有料道路の存在は日本のみならず、世界各地で見せています。ただここで1つ勘違いしてほしくないのが、有料道路と高速道路が全くの別物だという点だ。まず高速道路と呼ばれるものは基本的に『公共的な面から見て必要なものとして判断できる道路』のみを意味しており、有料道路は『特定の人達に愛されるような道路』といった考え方が正しい。白山白川郷ホワイトロードのような観光スポット的な役割を持つ道路は誰しも必ず必要と感じる道路ではないため、高速道路とは呼ぶことは出来ない。

ただこんな有料道路の考え方が違う意味で広がり、ある意味で問題を起こしている国があるのも事実。そんな話題の中心点に晒されているのが、他でもないあの国だ。

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